プロフィール

簡易プロフィール

32歳妻子持ちサラリーマン
2年前から副業でアフィリエイトをはじめ、
稼げない時期を乗り越え、2015年8月に93万円達成。
現在は30~50万程度稼いでいます。

「できるだけ少ない労力で報酬をあげる」というコンセプトで情報発信をしている。

とはいえ、あなたは僕のことを知らないので、
興味があれば、【藤澤まさし】という人間を少しだけ知ってほしい。

詳細プロフィール

僕は現在、滋賀県に住んでいる、
中卒で学歴のないただの平凡なサラリーマンだ。

昔から勉強には興味がなく、出来るだけ勉強をしたくない、と思っていた。


欲にまみれた10代後半~20代前半


入学して3ヶ月で高校を中退しフラフラと遊び歩き、
アルバイトをして暮らす毎日。


大学に進学なんて考えた事もなくて、
高校さえも中退した僕の就職先はすでに絶望的なほどお先真っ暗だった。


大学卒業→大企業に新卒で採用

この方程式を自ら捨てたのは自分自身だったので後悔はしていないが、
とにかく就職先がない。

やる気さえあれば就職くらいはできるだろうと思って高を括っていたが、
職業安定所の募集ページを検索しても、
応募資格がそもそも高卒以上しかない・・。



「あぁ、俺の人生詰んだ。」


本気でそう思った。


当時20歳だった僕は、
今さら高校卒業資格を取るためだけに
高校に通うなんて想像しただけで情けなく思えてきたので選択肢候補にも入らない。

情けない男になるのはまっぴらごめんだ。


僕は何となくなれればいいなと思っていた、
「金持ち」になることを諦めた。

もういいや、たいした学歴もないからって感じ。

だから僕は
「先のことは考えないでおこう」と思った。


貧乏なりに人生を楽しもう。


それからは合コンや飲み会、友人の紹介で女の子と遊ぶことに没頭する日々。


回りから見ると、完全にちゃらちゃらした「ただのバカ」だった。

でも、超楽しい。


大学に進学してそのまま就職した友人には
真似できないほどの女の子と時間を過ごしている。
1週間に10人以上の女の子と遊んでいたと思う。


それだけ女の子に囲まれた生活をしていると、
気がつけばいつの間にか、狙った女の子は高確率で落とせるようになっていた。


もちろん男と女なのでそういう関係になったことも数えきれないほどある。

当時を振り返ると「女の敵」という言葉がぴったり当てはまるだろう。


高校生の時に女優にスカウトされるほど美人な子に
「他の女の子と遊ぶな」とやきもちをやかれたこともあった。

街を歩けば1日数回はナンパをされるほどかわいい子と付き合ったことも何回もある。


女の子に困らない生活が10年近く続いた。

これはこれで楽しいし、充実もしている。

会社に就職して、好きでもない仕事を嫌々するくらいなら、
もしかしたらこっちの方が人生の勝ち組なんじゃないか?

そう思っていたくらいだ。


欲にまみれた10代後半~20代前半だった。


がむしゃらに働いた20代後半



青春時代を自分の欲に捧げてきて、
その時に付き合った女の子と将来を誓う仲になった。

結婚するということは相手の人生を背負うということ。

僕は真面目に働くことを決意した。

とにかく貧乏で借金もそれなりに多かったので、貯金するためにはそれなりの給料が必要だ。

最低でも手取りで35万は欲しい。

だが、そんな給料をもらえる仕事がない。

乏しい知識を振り絞って考えた結果、
僕が人より多い給料を貰うためには、

「現場仕事」
「トラックの運転手」
「派遣会社で残業80時間」

これだけしか残されていないと思った。

だからその中でも一番稼げそうな
「長距離大型トラック」を選んだ。


職業安定所から手当たり次第、面接を申し込んでみる。

すると、働かせてもらえる運送会社が見つかった。

トラックが6台の小さな運送会社だ。

まずは中型トラック(4トン)で経験を積んで、
慣れてきたら大型トラック(10トン)も視野に入れていくという話でまとまった。


そこから地獄が始まった。


僕は滋賀県に住んでいるのだが、
長距離ということは、関東、もしくは九州までの運行になる。

まずは中型トラックで関西~九州の便を運行することになった。

ちなみに滋賀~福岡まで高速道路を使わず走ると、
約800km、16時間かかる。
高速道路を使って約8時間だ。

17時頃に荷物を積んでそこから九州に朝には到着していなければならない。

1日のうちに自由に使える時間は極端に少なくなっていた。


睡眠は1日4~6時間、
それ以外はなんらかの作業をしているか運転。

1ヶ月に家に帰れる日も限られていた。
ひどいときは1ヶ月間家に帰れない時もあった。
7月に出勤して、次に自宅に帰るのが9月という感じ。

その間はもちろん、トラックが寝床。

働きはじめて数ヵ月後に大型トラックに乗って、
月収40万を頂いたこともあったのだが、
もはや、体は限界だった。


実はこの頃に2年ほど付き合っていた彼女と、
めでたく結婚をすることになった。


そんな時にある事件が起こった。


いつものごとく九州に向けて深夜に高速道路を走っている時、
あまりにも眠く、これ以上の運転は不可能だと判断した僕は、
サービスエリアで5分ほど休憩を取り、
眠たい目を擦りながら目的地に向けて走り出した。


前方はどうやら渋滞しているようだ。

こんな深夜に都市圏でもない高速道路が渋滞しているのは、
交通事故が起こったからに違いない。


ゆっくりとした速度で前の車に続いて、事故車両に近づいていく。


その時、見えてきた光景はトラックに追突され炎上している乗用車だった。

まだ消防車は来ていない。

炎上した車に気を取られていたが、
追突したトラックを見て、戦慄した。


その大型トラックは、
「サービスエリアに入る前まで僕の前を走っていたトラック」だった。

もしも僕があの時、
サービスエリアに入っていなかったら確実に事故に巻き込まれていただろう。

僕が乗用車に追突していたか、
追突したトラックを避けきれずに後ろから追突していたか。


もう、無理だ。


退職することを決めた瞬間だった。

数時間の通行止めが終わり、次のサービスエリアにトラックを止め、
怒られることを覚悟して、携帯電話の電源を切り、
目が覚めるまで起きないでおこうと思い、深い眠りについた。


お昼頃に目が覚め、携帯電話の電源を入れると、不在着信の嵐。

退職する旨を伝えるために会社に電話すると、
社長は深いため息をつきながら
「そうか、わかった。」と言った。

そして、僕の運送会社の退職が決まった。


だが、このまま働かずに生きてはいけないので、次の職を探した。


普通のサラリーマン開始


運送業の時は外食で月に10万近く食費にかかり、うんざりしたので
実家から近いところを選ぼうと思い、
1日8時間労働、返金残業時間月20時間以内の仕事を探した。


ごくごく普通の中小企業の事務だ。

意外とあっさり見つかった。
もう少し時間がかかるだろうと考えていた僕は、少し拍子抜けしたのを今でも覚えている。


面接当日は久々にスーツを着た。
結婚式以来だろうか。

若干の息苦しさを感じながらも面接に向かった。


簡単な業務内容の説明後、適正テストをすることになった。
テストなんて中学生以来かな、と思った。

中学の頃のテストの点数は可もなく、不可もなくといった感じで、
特に勉強に苦手意識があったわけではないので、スラスラと解けた。


数日後に採用の連絡を受けてあっさりと正社員になることができた。

大学に入学した人はこの瞬間のために数年間勉強して必死に就活をして、
やっと内定を掴むことを考えると、
本当にこんなにあっさりでいいんだろうかとしばらく考えた。

だが考えた所で答えが出るはずもないのであっさり諦めた。



事務員として働いた僕の給料はそれほど良くなかったのだが、
ボーナスが毎年3回ある。
合計すると、平均4か月近くもらえると先輩から聞かされた。

これでなんとか、奥さんが専業主婦としてやっていけるレベルの収入だ。

貧乏ながらも毎日家に帰って奥さんのご飯を食べられる幸せをひしひしと感じていた。


お金はないが、それなりに幸せだと思っていた。
いや、そう思い込もうとしていたのかもしれない。


そんな幸せな新婚生活を過ごしていると、奥さんが妊娠した。


喜びと不安


元々、奥さんが不妊気味だったので数年間、
妊娠しなかった奥さんが僕の子供を身ごもってくれた。


嬉しい反面、「本当にこの会社の給料でやっていけるのか?」
日に日にその思いが強くなっていった。

お金や将来のことを考えると、不安のような焦りが僕の体を支配した。
冷や汗のようなものを感じ、貧血を起こす手前のふらふらとしためまいを感じることもあった。

初めて感じた「 お 金 が 無 い 」という不安と絶望。


まず節約しないといけないのは僕のこずかいだ。
月に3万円しかないこづかいをこれ以上カットされるのも辛い。

かといって、仕事が終わってからバイトする気力もあまりない。

しかし、そうも言ってられない。

僕は愛煙家なのだが、月にどうしてもたばこ代だけで1万以上使っている。
会社で飲み物だって買って飲む。
毎月3万ですら少ないと思っているのに、これ以上僕のお遣いが減るのは死活問題だった。

僕はアルバイトをする決意をした。

仕事が終わってから週に3日ペースで3時間働けば、
時給が1000円だったとして、36000円になる。

これはバイトを探すしかない。

が、以前時間が合わないバイトを掛け持ちしたことがあるのだが、
相当辛かったのを思い出した。

8:00~15:00まで働いて、
なぜか次のバイトが5時間後という絶妙に面倒な時間帯。

この時は辛くて若さに任せてすぐに辞めた。


ちなみにこの時18歳になったところだった。
あの頃は尾崎豊みたいに世間に反抗していても生きていけると思っていた。
尾崎豊より3年遅いそんな18の夜だった。


そんなことはどうでもいいのだが、
まずは情報収集に、とTSUTAYAに向かった。


そのTSUTAYAで大げさではなく、
僕の人生を180度逆転するほどの出来事が起こるんだ。

この時、何気なくTSUTAYAに向かった自分を褒めてあげたい。といつも思っている。

その時出会ったネットビジネス



無駄なものを買う余裕がないので、
求人情報誌を立ち読みしながらアルバイトを探そうと思った。

TSUTAYAに入って歩いていると、ふと視界の端に写った雑誌のキャッチコピーに目が止まった。


その雑誌にはこう書いてあった
「会社を辞めても年収500万」


今まで雇われて働くことしかしていなかった僕の脳内は、
「お金=給料」だったわけだが、その雑誌には僕の常識を壊す内容が書いてあった。


仕事を辞めて「せどり」で生活しています。

んっ?せどりって何?


簡単に言うとせどりは転売ビジネスだ。
ブックオフなどで仕入れた書籍を100円で仕入れて、
Amazonで売ると100円以上で売れるというものだ。


そんうまい話があるわけないと思った。
僕は節約するために自販機ではなく1km以上離れているスーパーに
80円の缶コーヒーを買いに行くほど、安いものに目が無い人間だったから
わざわざ高い金を払って本を買う奴の気が知れないと思った。


だけど、これがもし、本当の話だったら?

僕はなけなしのお金でその本を買って、自宅でじっくり読むことにした。
もちろん、読み終わったらAmazonで売ってやろうと思っていた。


しかし読めば読むほど、興味を持ってしまって、
居ても立っても居られない気持ちでいっぱいになった。

小学校の遠足の前日のようなワクワクドキドキした感覚で、
小学校の頃を思い出した。


さっそくスマホでAmazonのアカウントを開設した。

アカウントの開設の仕方を丁寧に画像付きで説明してくれていたサイトの指示通りに進めると、
苦戦しながらもなんとかアカウントを開設することができた。


でも何で、このサイトは他人のためにAmazonとは無関係の人が
丁寧に説明しているのかが理解できなかった。

準備はできたが、
ブックオフに行く前に自分のPSVITAを出品してみた。

「安さが一番」主義の元、その時出品していた最低価格より100円安く出品した。
その後、食事をしていると、1通のメールが届いた。

「売れました。発送してください」こんな内容だった。


何が起こったのかわからないほど一瞬でPSVITAが現金に化けた。

あまり記憶が定かではないが出品してから30分以内の出来事だと記憶している。


これで稼げると確信した僕は、スマホの有料せどりツールをインストールし、
ブックオフで全財産(6000円)で買えるだけ買って自宅に帰った。

帰りの車内はウキウキしっぱなしだった。


自宅に到着し、数時間かけてAmazonに出品した。
手作業でかなり大変だった。

実はこの時はまだパソコンさえ持っていなかったので、全てスマホでの作業だった。
今日は疲れたので、もう寝ることにする。

もし売れなかったらどうしよう。
いらない本を60冊も保管するのも嫌だな。

そんなことを考えながら眠りについた。


次の日の朝起きて、メールを確認すると2件売れていた。


もはや有頂天だった。

半月が過ぎたころには3万円の売り上げがあった。
自分の力で稼ぐのはこういうことだと思った瞬間だった。

これで奥さんにも少しは楽してもらえるかな?そんなことを思ったのだが、
せどりは長くは続かなかった。


僕の住んでいる滋賀県は田舎なのだが、その中でも自宅のある所は際立って田舎なので、
ブックオフも2件しかない。

しかも利益の出る商品を一度仕入れたらほとんど補充されない。
なので一度きりの収穫にしかならず。

日に日に仕入れ量が減っていき、仕入れが減れば売り上げも下がる。
最後は一日ブックオフを徘徊して一冊購入して終わりとかになってきた。


この時せどりの事をネットで検索していると、
「アフィリエイト」という聞きなれない言葉を目にした。


やっと見つけた一筋の光


そのブログを運営している人はアフィリエイトで稼いで、
親の借金まで返してしまったという人だった。


衝撃だった。


働かなくても生きていける【金銭的自由】
時間に縛られない【時間的自由】
好きな所に住める【場所的自由】
お金を気にしなくていい【精神的自由】


圧倒的に輝いて見えた


帰りのキップを買わず、気の赴くままに旅行。
興味のある場所には1ヶ月だって滞在できる。
子供の夏休みと同じ期間だけ休みを取り、旅行。
その気になればいつでも世界一周旅行に出掛けられる。

僕が全てを捨ててでも手に入れたい自由をその人はもっていた。


その人いわく
「自由を望むものだけに自由は掴むことができる。
そしてそれは正しい順序で行動すれば難しいことではない。」

良い言い方をすれば素直。
悪い言い方をすれば騙されやすいタイプの僕は、
「数ヵ月で100万稼げる手法」というものを
全く怪しいとも思うことなく、
アフィリエイトを始める決意をした。

もしもこの時、
「なんか怪しいな、何か悪いことをしてるんじゃないか?」
そんなことを考えてアフィリエイトを実践していなければ、
僕の人生は夢も希望もない、ただのサラリーマンとして一生を終えることになっていただろう。

奥さんにお金の面で苦労をかけながら、
仕事ばっかりで娘の面倒もろくに見てあげられない。

そんな普通以下のダメおやじになっていただろう。

僕は遊びの時間、趣味の時間、その他の時間を全て捨てて
アフィリエイトに使うことに決めた。

アフィリエイトで成功し、自由になることができたらお釣りが返ってくると考えたからだ。

いつでも好きな時間に仕事をして、
好きな時間に遊び、月曜の朝も憂鬱でなくなり、
通勤すらしないのにサラリーマンの給料を圧倒的に上回っている。

そんな生活を送るために今だけ頑張ると決めた。

だが、アフィリエイトは頑張るって決めただけで稼げるほど甘いものではなかった。


典型的なノウハウコレクター



ただがむしゃらにブログを更新しても、誰も見にこない。
ためになるレポートを作成しても誰も受け取ってくれない。

そもそも、誰も僕のブログを知らない。
ただのネット上に埋もれた個人ブログになっていた。

どこの誰か知らない人間のブログをじっくり見る人なんていない。

その時は必至だったのでそのことすら気が付かなかった。
今振り返ると、稼げなくて当たり前だなと思った。
その時のブログを思いだすと顔から火が出るほど恥ずかしいブログだ。

「このままではダメだ。」

そう思い、以前から友人が実践していたPPCアフィリエイトを実践することにした。


PPCアフィリエイトで稼ぐ



PPCアフィリエイトとは広告費をかけて、
主にYahoo!の検索結果に自分のサイトを表示させるという手法だった。

そのサイトを通して商品が売れたり、サービスに加入すると、報酬が発生する。

かけた広告費を報酬が上回ればそれが利益になる。

逆を言えば、広告費を回収できなければ赤字になり、
稼ぐどころかお金を払わなければいけない。

かなり危険な手法かとも思ったが友人は僕にこんなアドバイスをしてくれた。


・サラリーマンの使える時間は限られている。
・1日に数時間しか使えないサラリーマンは時間のかかる手法をすべきではない。
・PPCアフィリエイトはアフィリエイトの手法の中でも最速で報酬を発生させる手法。
・広告費は自分で調整できるので赤字も自分の設定範囲内で抑えられる
・広告費をかけるということは時間のかかる部分をお金で解決している効率的な方法。
・お金を払って一番大変な集客を時短できるツールを使っていると認識しろ。
・時短して余った時間で他の事をすればさらに報酬は上がる。
・つまり最短で稼ぐということは成果が出るまでの辛い時期を短くしてくれる。

こんな考え方もあるんだ、素直に凄いと思った。
僕にはできない考え方だ。

僕はどちらかというと、何もかも節約してやりたいタイプだからだ。
彼は逆にお金を使って効率的に大きく稼ぐタイプだろう。

僕がお金を全く使わず、3万円稼いでいる間に、
彼は10万円使って、50万円稼いでいるだろう。

どちらがいいかは考えるまでもなかった。
今になってわかるのだが、後者の方が圧倒的に楽だ。

前者は作業量にして10倍以上の苦労がかかる。


この時を境に僕は「使えるものは何でも使ってとにかく効率化する」という考え方にシフトした。
それがこのブログのコンセプトにもなっている。

そして僕がアフィリエイトを始めるきっかけになった人の考え方とも同じだった。

人は生きていく上で、必ず働かなければいけない。
ただ、必ずしも自分が働く必要があるかと言われるとそうではないと考える。

自分が働きたくないのであれば、自分の代わりに働いてもらえる何かを探す必要がある。

例えば、自動販売機。

昔は人が対面で販売していたものを自動で売れる機械を作ったから
ミスをせず、文句を言わず24時間働いてくれる仕組みができた。

しかも人を雇うより圧倒的に安いコストでだ。
初期投資さえして、仕組みを作ってしまえば、
人力では馬車馬のごとく働いても実現できないほどの利益をもたらしてくれる。

一から何かを生み出すよりもはるかに簡単だ。
1万円札で10万円を買うイメージと言えば伝わるだろうか?

この考えはPPCアフィリエイトそのものだった。

「無料で検索結果の1位に表示させる手間を広告費を数十円支払って買う」という手法だからだ。

PPCアフィリエイトで広告を配信して24時間後、
何気なく管理画面を見ると・・

売れている。

Screenshot_2015-09-11-02-05-25

この時かかった広告費は数百円だった。
わずか数百円の広告費を使うだけで1万円の報酬を手に入れたのだ。

1年以上どれだけ頑張ってブログを更新しても手に入れられなかった1万円を、
24時間で達成できた。

これを無料にこだわっていたら決して手に入らなかった1万円だ。
涙がでるほど嬉しかった。

一人、部屋で叫んだのは内緒だ(笑)


稼げる感触をつかんだ僕は、3ヶ月で目標だった100万を本気で狙うことにした。

ガンガン広告費を突っ込んで、報酬を上げていくつもりだった。
広告費は売上の1割に抑えることができると優秀と言われているので、
PPCアフィリエイトを始めた盾の僕には不可能だろう。

だから広告費3割を目標にした。
つまり33万使って100万円を買おうと思ったのだ。

とにかく33万円使わなければ、100万円稼げない。
そう思い広告費を使いまくった。

そして1か月目の結果は【15万の損失】だった。

18万使って3万の報酬。
最初の成約はラッキーパンチだった。

この時、やり方を知らないまま実践するというのはかなり危険なことだと知った。

教材代をケチって広告費に回し、
結果的に教材代以上の支出をすることになった。

やはり教材は必要だ。

正確にいうと教材に限った話ではなく、
僕が間違った方向に進んだ時に、軌道修正をしてくれる存在が必要だった。

初心者が成果を上げていくには無視できない重要なことだ。


慌てて教材を購入し、改めて基本から勉強し直した。

すると2ヶ月目から利益が出はじめた。

10万、20万と少しずつ確実に報酬を積み重ねていった。


そして8ヶ月目後には93万という、サラリーマンでは考えられない報酬が発生した。

アフィリエイトのメリットの1つとして、
案件とキーワードが一致して報酬が上がる仕組みを作れた場合、
その後はメンテナンス程度の作業で報酬が上がり続ける資産になるというものがある。


この資産をいかに増やすかが胆となるわけだ。

実際に8月は夏ということもあり、
週末はほとんど家族サービスをしているので8月だけの時給は3万以上にもなった。


このような少ない労力で稼ぐためには、
自分自身が労働してはいけない。

単純作業は全てツールに任せ、時間短縮。
人が考える必要のある部分で他人でもできる部分は外注を使ってやってもらう。

一見、お金がかかって大変そうに見えるが、
寝る間を惜しんで働いたということではないので、
少ない報酬でも十分価値がある。

もっと大きく稼ぎたい場合はもっと大量に他人に働いてもらえばいい。

10万支払って20万稼げるのなら、
20万支払って40万稼ぐことはたやすい。

今後このブログではこのような
「使えるものを全て使って、できるだけ少ない労力で稼ぐための情報」を発信していこうと思う。

あなたも副業としてアフィリエイトを実践しようとしているなら、
是非私のブログを参考にして、少ない労力で大きく稼ぐことをおすすめする。

乱文ではあったが最後まで読んで頂き、ありがとうございます。